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September 2015

September 30, 2015

むかごご飯

むかごの季節になった。少しだがむかごが収穫できたのでむかごご飯を作った。

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新米のご飯で美味しくいただいた。

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百日紅 夏の終わり

夏の間咲き続けていた百日紅の花がほとんど見なくなった。ときどき枝の先に残っている花を見かける程度で、いよいよ秋になるのを感じる。

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ちょっと歩いていると川沿いにすすきの穂がでていた。

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いよいよ秋だな。

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September 24, 2015

長崎街道を歩く(4) 赤松坂

工業団地で行き止まりになったところの続きを長崎方面に歩いてみようと出かけていった。

どこが入り口か行ったり来たりして捜すがいつものように標識がないのでわからない。長崎街道の地図を見たら高速道路の下を通る道が長崎街道となっていた。ここから右折すると長崎街道になるようだ。

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このトンネルの上は長崎自動車道。

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若葉町のバス停があって交差点になっている。ここをまっすぐ歩いて行く。

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団地の中心になっている。

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どんどん歩いて行く。少し田舎道になってきた。長崎街道で間違いなさそうである。

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さらに進んでいく。

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さらに進んでいくと、実は下の写真のところに長崎街道の標識があるのだが、こちらからは気がつかず最初は通り過ぎてしまった。

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反対側から見るとこのように標識があるが、草と木に埋もれてわかりにくい。

この辺は手入れが少し抜けているようだ。

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これが標識。

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ここを下っていく。

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ここのところは全く昔のままのようでまったくの山道である。昔は長崎街道全体がこのような道だったのだろうと思うと昔の道中の大変さがわかる。

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坂を降りたら案内板が建っている。あまり人も来ないと見えて、民家の人がその前に車を止めて自分の駐車場代わりにしていた。

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長崎街道赤松坂の標識も電柱の影にひっそりと隠れている。

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立派な案内板がある。ここが史跡赤松坂だそうだ。
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手動の井戸ポンプ

今では水は水道の蛇口をひねれば出てくるのが普通だが、私たちが子供のころは井戸ポンプを手でこいで水をくむのが普通だった。

散歩をしていたら山道の途中でその昔タイプの井戸ポンプを見かけた。

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試しにポンプを動かしてみたが、誘い水が入っていなくて水をくむことはできなかった。
私が小学校の2年生までは我が家でもこのポンプで水を汲んでいた。3年生になったら新しい家に引っ越してそこでは電動のポンプに替わって手で水をくむ必要はなくなった。

自分の家に井戸を掘ってそこから電動ポンプで組んだ水を水道のように蛇口からでてくるようになった。

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September 22, 2015

長崎街道を歩く(3)

永昌宿の標識のところが今一つ良く分からなかったのであらためて行ってみた。

永昌宿跡の標識を過ぎて階段を降りていったら、永昌追分の標識があった。

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永昌宿跡と書いてあったところは永昌追分というようだ。横には長崎街道の説明板があった。
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説明板の地図を見るとやはり、町が開発されて街道の道が消えていたようだ。

永昌追分のところを支点にして大村方面と長崎方面に道が分かれているのがわかる。

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これをもとにGOOGLEの地図で見てみると看護学校ができたときに道が消えたのではないかと思われる。

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September 21, 2015

長崎街道を歩く(2)

国道34号線の長崎街道とのクロスしているところから、今度は大村方面へ向かう方向で歩いてみた。

向こうに見える地下への入り口、そこが長崎街道への入り口である。

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このトンネルの上はJRの長崎本線が走っている。トンネルを抜けるといよいよ長崎街道である。

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落ち着いた住宅街である。新しくたった家があって昔の街道の面影はない。

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分かれ道があるがどんどん進む。

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竹林があって、少し昔の道の雰囲気がでてきた。

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少し峠になっていたようだ、向こうに街並みがみえる。

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どんどん行くと大きな道との交差点にでた。

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長崎街道の標識が建っている。ここは西諫早と諫早駅を結ぶ幹線道路である。

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この交差点を渡るとこちら側にも標識がある。

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この小さな道が長崎街道である。この道を進んでいったら電柱の脇に小さな標識が建っている。

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長崎街道永昌宿跡とある。昔の宿場の中心地なのだろうがなんとも寂しい風景である。

ここで道が行き止まりになっていてこの路地を向こうの方へ抜けていく。

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とまた長崎街道の標識があった。どうもここのところは今一つ昔の道がどうなっていたのかよくわからない。またあらためて探検してみることにして今日は先へ進んでいく。

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標識が示していた方向へ進んでいく。

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向こうに岩がみえるがここは岩茶屋跡という史跡である。この辺にも茶屋があったのだろう。

ここを今度は右手の方へ曲がっていくのが長崎街道。

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少し街道の雰囲気が出てきた。

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どんどん行くとまた大きな道に突き当たった。ここは国道34号線の諫早と大村を結ぶバイパス道路である。

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交差点を渡って進んでいくといよいよ町がなくなってきた。今は彼岸花が満開である。

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ここは下破籠井(しもわりごい)というところである。ここで旅人は弁当の籠を破ってたべたのだそうだ。今日はここまでとして日を改めて先へ行ってみることにする。

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September 20, 2015

長崎街道を歩く(1)

散歩の途中で長崎街道の看板が目についた。ならばと,ちょっと長崎街道を歩いてみることにした。

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これが国道34号線から看板のあるところを見たところ。

右手の家の塀のところに看板がある。

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これが看板。

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ちょっと行くと右手が長崎街道と示した狸画の標識が立ててある。

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どんどん歩いて行く。

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長崎街道の案内図がある。左に行くと島原街道と書いてある。

坂本竜馬が通ったのはここだったようだ。

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さらに進んでいく。

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そのまま行くと農業大学校の農産物直売所がみえてきた。農大で育てた作物を週2回販売しているそうだ。

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さらに行くと、さやんごぜんの史跡があった。さやんごぜんとは道祖神のことでお地蔵さんのことらしい。一緒に伊東鼎之助と言う人のお墓もある。

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伊東鼎之助は江藤新平の佐賀の乱のとき諫早を味方にしようときて来てこの地で切りあったそうだ。この人を捕えたために、諫早は佐賀藩の一部だったが佐賀の味方ではないと証明できたのだそうだ。

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と、ここまで来たら川があって、道が消えてしまった。

先は農業試験場になって道がない、どう行けばいいのかわからず一旦ここで中断。

再度調査の結果、農業試験場の先のところにまた長崎街道の入り口があった。

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さらに行くとお馬の水と言う史跡があった。ここの井戸で馬に水を飲ませたところらしい。

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そこを進んでいくと茶屋橋があった、これが長崎街道のひとつの目印である。

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どんどん進んでいく。
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普通のただの道だが、ここが長崎街道の一部である。

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さらに行くと工業団地に行きあたった。

ここが長崎街道を歩ける当面の道の行き止まりで長崎街道の狸画の標識があった。

あとは工業団地をとばしていかねばならない。

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September 11, 2015

鳳仙花

散歩をしていたら一群の鳳仙花を見かけた。もう一息で満開の花で若さにあふれている。

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若緑の葉、赤い花は今が絶頂期と言えるだろう。

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September 04, 2015

彼岸花

9月になった。秋の訪れを感じてドライブしていて、ちょっと脇道にそれたらすれ違うのも厳しい山道になった。

するとそこに彼岸花が咲いていた。

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やはりもう秋だ。

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