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August 2008

August 25, 2008

はじめてのピラフ

焼き飯とピラフの違いがわかるかな

焼き飯は炊いたご飯を油で炒めて作るが、ピラフはバターで炒めた米を炊いて作るものだそうだ。

エビピラフのレシピがあった。むきエビは我が家の冷蔵庫におおむね常備しているので早速チャレンジすることにした。出来上がったピラフが下記の写真。

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作り方(4人分)

材料:洗って水切りをしておいた米 カップ2、バターかマーガリン40g、むきエビ200g、たまねぎ1個、塩少々、チキンコンソメスープの素小さじ2杯、水カップ2

マーガリンをフライパンに溶かして米を炒める。続いてみじん切りにした玉ねぎを入れて炒め、むきエビを入れて炒める。大概炒めたところでスープの素2カップを入れて、中火の弱程度で20分間炊いたら出来上がり。ここでご飯がゴッチンだったら時間を延ばすといいだろう

参考にしたレシピではマッシュルームやローリエ、パセリなどを加え、チキンブイヨンを使っていたが、そこは適当にアレンジしたのだが、出来上がりはなかなかのものであった。

次はいろいろ材料を追加してチャレンジしよう。

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August 22, 2008

パンデミック=感染爆発

鳥インフルエンザが人から人に感染するタイプに変化する一歩手前に来ているそうだ。

かかりつけのお医者さんから、文芸春秋の石原都知事と国立感染症センターの田代部長の対談記事を紹介してもらい、また、「パンデミック感染大爆発」という本を紹介してもらった。

パンデミックとは感染症が世界的に大流行することだそうだが、鳥インフルエンザはパンデミックになる段階(フェーズ6)のうちのフェーズ3から4の間にあるそうだ。

鳥インフルエンザはH5N1型のインフルエンザで、これが人から人に感染する新型インフルエンザに変化するとこれまでにない強力な感染力を持った致死率も50から60%にもなる恐ろしい高病原性インフルエンザになるそうだ。これが世界中にたちまち広がってパンデミックになることが予想されている。

鳥インフルエンザのパンデミック対策としては抗ウィルス薬”タミフル”や”リレンザ”などを国民全員にいきわたるように国をあげて準備したり、プレパンデミックワクチンを製造する態勢を整えておくことが必要なのだそうだ。

アメリカやスイスはこの対応がもっともすすんでおり、国家安全保障のの最重要政策として取り組んでいるとのこと。

日本でも対応は取られているが、国家の緊急課題としてまではまだとらえられていないので心配であり、個人は個人でしっかり対応を準備しておくことが必要だと述べられている。

現状で個人でできる対応はパンデミックが発生した場合に備えて、1から2ケ月間家族全員が外に出ないで済むように準備を整えておくことだそうだ。

とにかくことは緊急を要するようだ。これからもいろいろ情報にはアンテナを張っておき、食料を備蓄して籠城する準備を整えていかねばならないと思う。

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August 17, 2008

フェートン号事件

会社の先輩が定年退職の後で劇団に入って役者になり、ときどきテレビにも出演するなど幅広く活躍している。長崎歴史文化博物館のホールで松平図所頭200回忌記念公演「フェートン号事件」の芝居に出るというので見に行った。このフェートン号事件は長崎検定の試験にも問題としてでるほど長崎では大変有名な話なのだ。

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江戸時代の日本は鎖国を行っていて、オランダとのみ長崎を通じて交易をおこなっていた。長崎には幕府直轄の奉行所が設けられていた。長崎歴史文化博物館は長崎奉行所立山役所のあった場所に奉行所の形を復元して建てられている。

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松平図所頭が長崎奉行を務めていた1808年(文化5年)イギリスの艦船フェートン号がオランダの国旗を掲げて長崎港に入港し迎えに出てきたオランダ人を人質に水と食料を要求してきた。

当時のヨーロッパではオランダはフランスに占領されフランスとイギリスは戦闘状態にあった。フェートン号はオランダ船を拿捕する目的で日本近海に来ていたが、水と食料がなくなったため長崎港に入ってきたのだった。

長崎港の警備は主に佐賀鍋島藩、大村藩などが交代で行っていて、この年は佐賀藩の番だったが、佐賀藩は警備の兵を削減していて、まさかの事態に対応できず戦いの準備が整わないまま、フェートン号の要求に応じて水と食料を渡さざるを得ない事態となった。

長崎奉行であった松平図所頭康平は侵入船の不法新入をゆるし戦うこともできずに要求に応じて国威を辱めたとして、責任をとって切腹したが、当時の長崎市民は諏訪神社の境内に神社を設け図所明神・康平社としておまつりした。

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この事件を契機として幕府は長崎の警備を厳重にし、佐賀鍋島藩は軍備の近代化をすすめていくことになった。

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August 05, 2008

圧力鍋は怖い

先日の新聞に圧力鍋が爆発して、大やけどをおう事件が何件も起きているとの記事が載っていた。やはり圧力鍋は爆発したりすることがあるのだ。

爆発した鍋は中国製だったそうだが、中国製によらず圧力鍋は爆発の怖れがあるのだと注意して取り扱わないといけない。

最近納豆を作るために茹で大豆を圧力鍋で作っているが、しっかり用心して使おうと思った次第である。

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August 04, 2008

みょうが饅頭-八代

庭に植えた茗荷が大きくなって葉が茂ってきた。子供のころに食べたみょうが饅頭が食べたくなったので、いつものようにインターネットでレシピを捜したら、なんとみょうが饅頭は主に熊本南部八代地方で作られているお菓子だとのことで、適当なレシピが見つからない。

子供のころは普通に食べていたので、どこにでもあるお菓子だと思っていたが意外だった。郷土料理とは新発見であった。

八代に住んでいる姉に作り方を聞いて作ってみたが、むかし、なつかしい気分になる。

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作り方

材料 団子の粉(米粉)120g、小麦粉 60g、水130cc程度、塩少々

餡は市販の餡を使用した。大体200gくらいだろうか。

材料を適当にボールに入れて混ぜる。ここで塩少々を入れるのが味の決め手だそうだ。

耳たぶの程度の柔らかさになるまで適当に水を入れてしっかり捏ねたら、一時間ほど冷蔵庫に入れて寝かせておく。

八等分に分けて、円形にのばして餡を入れて餡餅のようにまるめる。あまりきれいに丸めようとすると餡がはみ出てくるので適当に形を整える程度にするのがよいようだ。ここで片栗粉をまぶしておくと茹でた後でみょうがの皮がはがれやすいのだそうだ。いろいろとノウハウがある。

次に、きれいに洗っておいた茗荷の葉を裏返して葉先のほうから包み込んでいけばよいとのこと。

形が整ったら沸騰させておいたお湯(少々塩を入れておいた方がよいとのこと)で蒸すこと15分。おいしいみょうが饅頭の完成!!

また、蒸し器にはクッキングシートを敷いておいた。ここでもクッキングシートは重宝する。

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八丁味噌-岡崎

八丁味噌は名古屋名物かと思っていたが、岡崎の名産だそうだ。

八丁味噌は岡崎城から八丁の距離のところにある味噌蔵で作られたことから、八丁味噌というようになったそうで戦国時代から続いているものだとのこと。ところで 一丁は60間、一里は36丁だそうだ。八丁は今の長さで言うと864mになる。

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八丁味噌は「かく久」と「まるや」の2つの会社でのみ作られていて、同じような製法の味噌でも他の会社のものは八丁味噌とは言わないらしい。

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近くに岡崎城がある。ここで家康公が生まれるときに龍が登っていくのが見えたとの言い伝えがあるのだそうだ。

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岡崎城跡は公園になっていて、入口に和式のからくり時計がある。見た目はただの時計台だが、時間になると能舞台がでてきて家康公と思われる人形が能を舞う仕掛けになっている。行った時がちょうどそのタイミングで人形が能を舞うところを見ることができた。

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August 01, 2008

熊本市を政令指定都市に

今日の毎日新聞に日銀熊本支店長のコラム記事が載っていて、南九州発展のために熊本市の政令指定都市実現をはかるべきだと書いてあった。

私が子供のころは熊本は福岡とほぼ肩を並べるほどの都市であったのだが、年を追うごとにその差が開いている。

熊本市の人口は現在67万人だそうだ。政令指定都市は法律の規定では人口50万人以上であるが実際の運用上からは70万人以上が対象だそうだ。熊本は人口の面からはあと一歩で実現可能のところである。

しかし、先日阿蘇に行った折に、熊本市内を通過し、熊本駅の前を通ったのだが、熊本駅前は大都市の駅前とは思えないみすぼらしさであった。博多の駅前と比べると格段の差である。

政令指定都市を目指すからには、やはり見てくれも大事である。熊本城だけでなく、熊本駅と駅前を指定都市の中心にふさわしい立派なものにするべきではないのかな。

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